政治は一定の勢力を喰わすため施策を目に見える形にする事で、それを不要と考える側には「無駄」でしかない、官僚の仕事は「無駄の制度化」に尽きる
「有力な事業なので」と、夢想のアイデアを頑なに述べ立て支援を求める側は、
先に巨大な「幻想」があり現状の分析が甘く詰めも希望的だ。
従って、示す事業計画も精緻さを欠くが「幻夢」を眺め見ているのか、酔いしれている。
凡そ、30年前に通商産業省(現在の経済産業省)が所管する「第3セクター」方式による「地域拠点事業」があり、
国と自治体(都道府県)を主体に、地域の基礎自治体(市町村)に商工会議所、
そして関連する事業組合と金融機関また総合商社へ呼びかけ、
出資と人材派遣を求め寄り合い(経営責任が曖昧な)所帯で、事業計画を策定する事になった。
一から、所管者は「中立の立場」を表明し、
主体を負わされる自治体の部局は、降って湧いた「事案」に対し主導権を握るが責任は負いたくないとの姿勢に終始し、
異動の時期を待ち解かれる事を顔に表す始末だった。
商社と銀行から駆り出された側に、日常業務は押し付けられるが、
いわゆる社内の窓際を捨て場の先として送り込んだ事もあり、
全く仕事をする事など能力的にも無理な話で無駄な事だった。
余りの遅滞に業を煮やした国の担当部局が、自治体を牽制指導し、
立て直しに向け、吾が方は強制的に引き込まれたのだった。
現状分析も希望的な作文で、
産業としての将来展望もなく、
人材育成も供給もないままで、
資本金と借入金が然したる事業計画もないままあった。
しかも、詳細な事業計画もないにも関わらず建設計画と建築図面があり、
発注時期も引き渡し時期も決まっていて、テナント部分に導入する先も未定のまま、
工事を進めるという無責任で、唖然とさせられ。
結果は、火の目を見るより明らかだった。
建前の20年間は維持する維持できる方向で計画修正を行い、
そのための条件整備に取り組み修正を加え、手を退いた。
概ね、そのように推移し幕を閉じたと見ている。
ハッキリ言って「何の役にも立たなかった」無用の長物であり、
有力政治家の売名貢献の暴力行使に過ぎなかった。
その事案を経験し、
政治と官僚と民間の綱引きと責任の押し付け合い。
その間の公費投入(消費)の無駄を思い識る事ができた。
それもあり、
民間であろうとナンであろうと、雑駁なアイデアでも事業化し、
その支援を求める側には、事業経営の度量評価も去る事ながら、
徹底的な甘さを排した考査を科すのです。
いままた、イシバカの手で「地方創成」と「防災庁」が、
具体的な展望を書いたまま、再び無責任な状態で「推し進められ」ようとしていますが、
掴み金に群がるヤカラやゴリラは雲霞の如くなのでしょうねぇ。
| 固定リンク


