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2025/05/24

都市ビジネスを論考した者として、都市の資産を如何に上手く整備し、都市としての魅力を盛り上げ活用するか、都市としてのマーケティング力が試され

ある日、大阪市役所で所用を済ませ、
江戸堀3丁目へ行く道筋を考え、地下鉄御堂筋線の本町で
長い乗り換え通路を行くより、中之島遊歩道を歩いてみようと思い
堂島川左岸のバンクを、アレコレ想い考えながら進みました。


大阪は天満で大川(淀川)が二分され
中之島を挟み、北に堂島川、南に土佐堀川と分流します。


以前は、
堂島川は更に蜆川を分流させ曾根崎新地(北新地)を貫いていましたが、
現在は埋め立てられ様子もありません。


やがて、
堂島川と土佐堀川は川口付近で再び合流し安治川となります。


土佐堀川に懸かる「湊橋」を渡ると
「阪神高速道路3号 神戸線」の橋脚左(下り線側の)下に「泥の河」の文学碑があります。

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堂島川の「船津橋」や土佐堀川の「湊橋」付近には、
1960年代はダルマ船といわれた機帆船の船堪りがあり、
水上生活者が散居していました。


そこでの生活や暮らしぶりを、
宮本 輝は活写し純文学作品「泥の河」として世に問い、
太宰 治賞を受賞しました。


日々の生活が本当に苦しかった社会の最底辺層の生活は・・・


周辺の陸地に住む人達は、近づいちゃダメ、相手にしちゃダメと。


でも河畔に暮らす子供達は分け隔てなく一緒に遊ぼうとして、
ある日、ある時、見てはイケナイものコトを見てしまう・・・


宮本 輝は、淡々と活写し文字に遺す。そんな事を思いながら歩を進め。


そんな事を思い考えながら、
身を寄せ合い肩を寄せ合い暮らした近代社会の大阪の風情が取り残されたままの地へ足を向けたのです。


確か、1980年頃に映画作品にもなったと記憶しています。

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