JL123(JA8119)が、後部圧力隔壁の破断で垂直尾翼の方向舵が制御力を喪い、迷走飛行の末に北関東は群馬県の御巣鷹山に墜落し40年が経ち
JAL123便の墜落事故:
40年を経て、ボーイング社が最後部圧力隔壁を修理しなかった事で起きたとの、
40年前の指摘は正しかった事が示され。
事故機(機体登録JA8119)は、自らのフライトログ記録では、
御巣鷹山に墜落するまで、国内線のSRタイプでは僚機(JA8124)と共に、
羽田=伊丹への運用が多かった事もあり、搭乗回数の多い機種だった。
当日も、羽田で空席待ちをかけ待っていた。
あと僅かで満席になり、
多くの知人や顔見知りが亡くなりました。
とりわけT社のSさんは、空席待ちをゲットし、
「悪いなぁ、ワシ先に帰りますワ」と、
ビールをグィと呑み干し「さくらラウンジ」を出て行き、
二度と会えない事に。
人の幸せは、いつ何処で「不幸せ」へ反転するか分かったモノじゃないと。
次のJL125は確実に搭乗できる状況ではあったが、
同時の空席待ちでNH039での搭乗も可能になり、
ANAのそれを選び何事もなく戻り着けた。
何れにしても、
米軍の謀略説やら、自衛隊の謀略説を、
今も無知で無責任なヤカラが流し続けている。
基本は後部圧力隔壁の瞬間的な破壊で垂直尾翼と方向舵が機能を喪い、
相模湾上空~伊豆半島上空を迷走し、北関東の御巣鷹山へ激突し果てた。
方向舵の損傷に因る迷走は航跡図からも明らかであり、
なぜ水平尾翼と方向舵が破壊に至ったかであり、
墜落現場での機材保全と事故究明が進むにつれ、ボイスレコーダー記録も含め、
ほぼ「後部圧力隔壁」の急激な損傷に因る破断が原因と報告された。
それでは、
なぜ「後部圧力隔壁」が急激に破損したかに焦点が移り、
事故機が以前に尻餅事故を起こしており、その際の修理に問題があったのではとの見解が示された。
いま改めて、
ボーイング社の責任が、問われて然るべきと考える。
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