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2025/11/08

人間国宝「桂米朝師匠」百歳の生誕を祝し、秀でた弟子の「桂吉朝師匠」が50歳で逝去された事を悼み、上方落語の隆盛を眺め観ながら今日の記述を

11/06は、3代目桂米朝(故・中川 清)師匠の百歳の生誕記念日です。
惜しくも、平成27年(2015/3/19)に89歳でお亡くなりになりました。


6代目笑福亭松鶴師匠と共に、灯が消えかけていた上方落語を復興させ、
人間国宝でもあった大看板ですね。


お二方は、上方落語の四天王とされますが、
それは正横綱として当然で、後のお二人(3代目桂春団治、5代目桂文枝/先代)は、
吾が方からみると、付け足しで張出し大関のようなものでしょう。


寧ろ当時の実力なら、
当時の林家染丸師匠の方が華も話芸も秀でておられ、
文句なく張出し横綱だったろうと考えています。


米朝師匠の噺は、
はんなりとした色香や可憐な艶がありました。
京都は祇園のお茶屋で聞いてもしっくりするような。

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一方の6代目笑福亭松鶴師匠の噺は、
泥臭い勢いがあり、時に乱暴な、ある時はシンミリした人情が、
まぁ、好対照のお二人ながら、上方落語を今日の隆盛に導かれたご尽力は並や大抵の事ではなかったかと。


3代目林家染丸師匠の噺は、愛嬌に満ち溢れた話芸でした。


まぁ、米朝師匠が遺された弟子も、
話芸の天才、2代目桂枝雀師匠も先立たれ、2代目桂ざこば師匠も鬼籍に入り、
何よりも目をかけておられた桂吉朝さんを、若くして喪われ(2005/11/08 逝去)ました。


桂米二、5代目桂米團治(ご長男)、2代目枝雀師匠の弟子、3代目桂南光が、
様々な取り組みで、芸を受け継ぎ人気を博しておられます。


門弟ではありませんが、
桂文珍(5代目桂文枝の弟子)は、米朝落語の間口の寛さや奥行きの深さを、
更に探求し「上方落語」の型が崩れないように、
時代の価値観や環境変化の条件に対応できるよう構成を強化しながら、
米朝師匠と松鶴師匠が復活させ遺された上方落語の良さを、
更に巧く守り抜くかについての取り組みを為さっておられます。


話芸は、その時、その場の「客の空気」に合わせ、
本筋を喪わず、噺を組み立て笑いを誘い、話芸として笑いと人の情を伝える事ができればと。
勢いと筋のある噺家は、少なくなってきました。


いま注目は、米朝一門では、
大看板の3代目桂南光、ざこば門下の4代目桂米紫、歌之助を嗣いだ3代目歌之助(歌々志)、
吉朝門下のよね吉、米二門下の二葉を推します。


吉朝の弟子で、米朝師匠の下で稽古をつけて貰い運転手もしたと、
何かと自慢する吉弥は噺家としてカシコが鼻につく嫌らしい臭さが満ちるため除外する。


他は、笑福亭門下の大看板を背負う笑福亭松喬は、
地道な先代6代目も今の7代目も強く推します。


社会を小馬鹿にする鶴瓶を推す事などあり得ない
笑福亭は6代目松鶴と明石家さんまの師匠だった笑福亭松之助は頭抜けた噺家だ。

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