radiko (ラジコ)の事業は、2010年の誕生から成長を続け、12月1日に10年を迎えラジオ放送の概念を覆し、市場を拡げた事で今後も成長と充実を期待する
radiko の取り組みを初めて識ったのは、
2007年で、その年の初めに「iPhone」が発表され衝撃を受けた直後だった。

(ラジコが12月1日に全15段の打ち抜きカラー全面1頁広告)
D社の関西支社とABCの知り合いが、反応を見たいから「授業」を割愛して貰えないかと打診してきた。
概要を訊き、正直な処は杳として掴めずボンヤリしていた。
この種の事に極めて前向きな「お仲間」に協力を求めると、
「電話機でラジオ放送を聞くのか」
「電話機がラジオの受信機に代わる働きをするワケだな」と、
要点は摑んだようでも「アプリケーション・ソフト」を組み込めば、
ラジオ受信機は不要になるという理屈は理解できるけれど、
そんなに巧いソフト開発をするには、相当の能力が必要だよネと。
でぇ、まぁ何事も創造能力と、何事にもチャレンジする必要があると、
学部学際を超え休日に小規模な公開のシンポジゥム形式にした。
外部からも熱心な人が100人ばかり、
興味を持つ学生も100人を越えて集まり、白熱した会になった。
一番のウリは、
現在のラジオ放送は、AMもFMも免許限定地域だけで限界がある。
radiko は、
インターネット(サイマル放送技術)を利用するラジオ放送で、
例えば、東京や大阪で札幌や沖縄のラジオ放送を聴取できる。
その逆も可能で、
技術的にはクラウド上に放送番組を貯めておく事ができれば、いつでも引き出し聴取できる。
これがウリなら、
ラジオの可能性を一気に拡げ、巧く組み込めば広告市場も拡大できるし、
何より全国の市場を相手にビジネスができる。
放送法の規制を巧く突破すれば海外在住の日本人も聴取できるかもと、勝手にビジネス対象を描いた。
世の中には発想が豊かで、
多様なスーパースターが埋もれているものだと。
2008年に、取り敢えず、
ABCとMBSとOBCが大阪府内限定の実験的な取り組みで始めた。
2010年の春に、radiko はサービスを開始するために事業が始まり
秋から年末にかけて放送サービスを本格化した。
あれから「15年」経ち、スッカリ日常に根付いたのでは・・・
(個人的には「J-WAVE」を全国どこでも聞けるのが嬉しい)
真に、
冷蔵庫は冷蔵庫として優秀でも洗濯機にも電話機にもなれない。
電話機は如何に高度機材であっても、ワンセグTVまでが精一杯だ。
iPhone は、
電話機能のアプリケーションソフトを入れると電話としても支え、
動画機能のアプリを入れると動画再生もできる。
様々な機能のアプリを入れる事で、
授業の資料も「クラウド上」に置く事で如何に膨大であっても、
必要な時に必要に応じ引き出し静止画資料として動画資料として使用できると、公開シンポを締めた。
そうか本格的に、radiko が始まって15年か!?
「文明を築く技術は、文化としての知恵の集積が重要で欠かせない」
1970年の大阪万博は、携帯電話のプロトタイプが展示されていた。
2025年の大阪・関西万博では、
イタリアが人類の文化遺産ともいうべく美術工芸品を並べ、
人の知恵と技術を歴史として見せ圧倒した。
発想があり、創造があり、挑戦があり、技術があり、世の中は進む。
現在は、ラジコアプリ内にポッドキャストを加え、
ポッドキャストへの提供が加盟局からさえあれば、聞く事ができます。
実際は、重厚な提供が為され盛況なようです。
残念な事は、大阪・関西で発想し形成し試行し成功し東京へ移る点で。
| 固定リンク



