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2026/02/16

「リベチンコミー」の戦争観は、常に総てを「仕掛け」て「加害」する側から発想し、一方的に軍事侵攻され侵略の被害を受ける事も想定できない思考停止だ

「リベチンパヨクとコミー」が感情的に主張する「戦争」と「反戦」のドグマ:

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1970年代前半に「学生運動」は行方を失い解体され、
1980年代前半までに「労働運動」も総評が「スト権スト」を打ち敗退し、
囂々たる非難を浴び破綻した。


それを追われた側が、社会で「市民」を名乗り、
便乗する側が意味不明の政党を結成し政権を担ったが、


1990年代半ばに破綻した。
その後の日本は、止め処なく政治混乱に陥り、空想的教条主義に苛まれ30年を超え、今も続けている。

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彼らは、今も猶「刷り込まれた教条」に従い、思考する努力もチカラも持たない憐れな存在だ。


曰く「戦争をしてはならない」「戦争は総てを破壊する」「親も兄弟姉妹も殺される」「戦争は悪だ」などと、
真実を感情イッパイ過剰に喧しく触れ騒ぎ立てる。


軍事費を増やし、軍事力を増強するのは、戦争を準備する悪の所業で、絶対に許してはならない。
戦争に繋がる「総ての事には体を張って反対する」と、真に勇ましい。


根源で欠落している思想というか、
モノゴトの実際を冷静に見ない捉えない考えない対処しないが、厳然と存在する。


戦争は、相手側の「国内事情」により生じるので、
生じた原因の大半は仕掛ける国の側に内在する「国内事情」を、
外に向けて解消するために起き、先ず周辺国が巻き込まれるのだ。


小さな「戦争」を引き起こすのは、
突発的な冒険主義による周辺国への挑発で生じる。


大きな戦争は、周到な準備を行った上で、
見方をしてくれそうな国へ入念な支持工作をした上で興す。
(それもあり突発性は低い)


戦争による社会的混乱は、
何れの時代も、どの種の社会も避けられず、
勝っても負けても社会の消耗は激しく、
何れの国内でも「政権」は行き詰まり交代を余儀なくされる。
(それは歴史が示す事実と言える)


洋の東西を問わず、
現代社会で、戦争行為を選び他国へ軍事侵攻し簒奪しようと理に合わない判断を下す指導者は、
無知とはいえ真に世の中を識らぬ汚馬鹿の象徴という他ない。


とはいえ、
周辺に異常なまでに肥大化した軍事力を保つ国があり、
しかも地域覇権は愚か世界覇権を得ようと、冒険主義を平然と主張し、
一国の国家権力を握り抑えられぬまま肥大化し、
周辺国に対し軍事的威圧を重ね威迫し領域での覇権を得ようと試み、
日々に渡り軍事的挑発を重ねる避けられない現実がある。


主権国家として、
この脅威から自国を護り領域内への脅威を排除するための備えを怠らず整える事は、
自国の防衛上では喫緊の課題だ。


その備えや整備が、(侵略)戦争をする事にはならない。


それを否定し、邪悪な戦争に駆り立てる行為だと主張する


「リベチンパヨクとコミー」の勝手な言い掛かりを放置し許してはならない。

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