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2026/04/16

京都は南丹(園部)の世にも不思議な小5行方不明事件は、当初の推理見立てどおりの展開になるような 京都府警は徹底した物証と熟柿作戦で待つ姿勢

京都は南丹・園部の小5児童行方不明事件:


最終章は、当初の想定どおりの結末で幕が開く。

1894

京都府警 南丹警察署というか(かつての園部署)は、
厳格な箝口令を敷き辛抱強く粘り強い「物証」確保と、
めぼしい対象者の行動分析の裏取りを固め、尻尾を掴み、
足を出すのを熟柿まで待った。


それは、厄介な「園部地域」の事情を背景に失敗が許されないためと見た。


やがて裁判が始まると公判の場に姿を表すだろうが、
「人権屋弁護人」「差別撤廃」「公権力の濫用禁止」「背景の理解」など。


連日に渡り喧しい幟旗が立ち並び「冤罪を許すな」との大騒ぎを懸念するためで。


淡々と、事実を争う事に徹し「犯罪事実(証拠)」を守り抜き「罪」を問うため
客観的事実と科学的合理性の必要不可欠を確保するための忍従だったかと。


最初から
3月23日午前7時~午前8時ころ以外に犯行日はなかったのであり、
その日もスクールバスを利用されると犯行は成就しないので、
卒業式への見送り出席という特別な理由を以てスクールバスではなく車で送る事にし同意(強要)させたのだろう。


自宅出発時点でも誰も姿を確認していない。
小学校の敷地で降車し校門まで160mの道筋で誰も姿を見かけておらず、
防犯カメラにも写っていない。
(つまり、自宅から登校したと思われる客観的な事実がないのだ)


ほぼ完全な「密室事件」なのだ。


しかも、次々に「陽動作戦」か「捜索攪乱」か分からないが、生じさせた。


結局は、3週間を過ぎた頃に、
地道な捜索捜査の積み上げで、当初の犯人に辿り着いたというワケだ。
(まぁ、悪逆非道というか、人でナシというか、園部ならではの事件だと)


ゆえに京都府警は、
未発表の決定的な物証や科学的な手法分析に依るいくつかの重要な所見を公表せず、
ゆっくりと熟柿する時の経過を待つ作戦のように見受けます。


その内に「家族」が割れ決定的な足を出すまで「警察施設」で心理的共感を促しながら、
時が経ち、犯した過ちに気づき、いたたまれず自供が始まると、確保している「物証」との照合で容疑を固めるのではないか?
後半を考え、決して誘導せず、熟柿する時間を気長に待つの姿勢と見ています。


☆父親という表現は「法律=民法(家族法規)」上の用い方、
★義父という表現は「生物学上の血縁がない」事の用い方。
 (父親と戸籍上は養子縁組している事もあり法的には明確に義父です)


この事件の場合は、法的には父であり、生物的には義父である。


しかしながら、痛ましいとしか言いようもなく後味の悪い事件です。


<コラコラコラム ©>


引用開始→ 共犯者いないと認識、京都府警 養父の単独犯か 男児死体遺棄事件で説明
(産経新聞 2026/4/16 10:50)

1895

京都府南丹市で市立園部小の安達結希(ゆき)さん(11)が3月から行方不明となり、遺体で見つかった事件で、京都府警は4月16日未明、死体遺棄容疑で15日朝から任意で事情を聞いていた結希さんの養父で会社員の安達優季(ゆうき)容疑者(37)を逮捕した。

府警は16日、南丹署に37人体制の捜査本部を設置、同日午前10時から同署で記者会見を開いた。府警は優季容疑者が、死体遺棄容疑について、容疑を認めているとした上で、共犯はいないと認識していると説明した。府警は15日朝から優季容疑者を含む複数の親族から任意で事情を聴いていた。

逮捕容疑は3月23日朝から翌4月13日午後4時45分頃までの間、京都府南丹市園部町の山林内のほか、同市の某所に結希さんの死体を運び込み、隠匿し死体を遺棄したとしている。←引用終わり

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