日本國が直面させられている社会不安などの原因を除去し、世界が羨むほどの安寧や静謐を取り戻すには、棲まいする者が社会を尊重し規範を守る事だ
主権国家とは何か?
それは「領土、領海、そこに暮らす民」を有し、必要な統治機能や機構を持つ事だ。
その地を訪れる者を迎える時に、必要な遵守事項を求め誓約した上で「入境/入国/上陸」を認める。
(現在は、簡略化しているが基本的に入国滞在者が主権国家に制約されるのは当然だ)
その「制約」や「強制」は、主権国家として当然の事で、
入国し滞在する者や側が、何をしても野放しで許されるワケではナイ。
主として、受け入れる側(受け入れた組織)は、国の規定や法制度の遵守を約束させ、
行政制度(法規制)に従う事は当然ながら、入国し訪問しあるいは滞在する地域社会の生活習慣や生活文化を尊重し守る事は当然の責務だ。
日本は、出生し生育した地を成育と共に離れ、やがて棄て去り根付いた言葉さえも棄て、東京へ蝟集し密度を高め「仮初めの根無し生活空間」をヨシとし、それが強制力を持ち日本全国を差配するかの勢いを持つが、それが日本の総てではない。
生活文化の基礎を形成する「地域」が長年にわたり築き上げた地としての紐帯や慣習に敬意を払わない者を、
その地が受け入れる事はできない。それは当然の事で、成文化された「法律」以前の「社会慣習」規範なのだから仕方がない。
見て見ぬフリをし、素知らぬ顔で遣り過ごす事で喪う結果は、世界史が示す処だ。
世界の歴史を紐解くまでもなく、アテネもローマも外敵というか侵入し侵攻した塵芥により滅ぼされた。
アメリカインディアンも同じだ。
中国では、外敵に襲われる恐怖から漢民族は1000年の歳月をかけ物理的な石積みで「万里の長城」を築き上げ、蛮族の侵攻を拒否した。
例えば「沖縄本島」では、
反戦、反軍、反基地、これらが昂じ現実の政治が機能しない。
常に主張されるのは、日本は都合よく沖縄を利用し切り捨て続け平然としている。
沖縄が抱える「構造的差別」は解決もせず、都合良く切り捨て続けていると主張して止まず。
その主張は、一定程度は理解するが、
それらの原因を形成した主たる要因は何か?
彼らが誇る「琉球王国」の「政策・戦略」の過失が主要な原因ではないのか?
然したる抵抗もせず易々と、屈した「琉球王国」は形式上の体面を巧妙に保ちながら、
実際には薩摩藩の島津に植民支配され明治の新政府が成立し解き放たれるまで過酷な強奪を受け続けた。
これらの現実や課題についての基本的な認識が何よりも重要ではあるが、
複雑で難しい事だと議論や問題提起すら噛み合う事がない。
地域を防衛する事について現実を観ず「反戦・反軍・反基地」を掲げ全く噛み合わない。
社会の混乱を造り出したのは、
過去の政策の作用に他ならないのだが、現実に苦闘させられる側の怒りや恐怖はナニモノにも代えられない。
その解決に立ち向かう政策の施行には、大きな勇気が必要で支持と不支持が拮抗する事だろうが、
躊躇している暇はないのだ。
現実の危機を脱すれば、
政治を指揮した者や側への評価は急減し、中には石礫を平然と投げつけるのも世界共通の事だと言わなければならない。
その壮絶なまでの覚悟が求められる。
<コラコラコラム ©>
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