カリスマと呼ばれちゃ、その瞬間に有能なリーダーとしては終わっている 無能なゴマスリを集め君臨し命令しても残念な結果は火を見るよりも明らかである
カリスマ経営者とされる人は、
基本的に孤独な人だ。
(イエスマンの取り巻きは多かろうが真の友ではない)
そして底流に飢餓感があり、その脱出手段に事業を構え、自らの理想を描く。
何れの御仁も描く世界は広大無辺だった(印象がある)。
人の話を聞くようで聞かないのも共通する。
故にカリスマなのだろうが。
だが、現場を指揮するのはカリスマではない。
(昔の大日本帝国大本営と陸軍の机上の空論/アホ参謀そのものだ)
セゾンを率いた堤さんとは文化のビジネス化で、
ご高説を存分に拝聴し感心しながらのお伺いだった。
一の子分、二の子分には協力し、時に人も動員し汗も流したが。
ダイエーを率い た中内さんとはジョイントとスポーツワールド33で夢や希望を拝聴した。
しかし、事業の本質を識る人財が全く存在しなかった。
(1960年代の渥美俊一に吹き込まれた亜論/安ければ売れるに執着し過ぎた)
鈴木さんには、全く面識がない。
(人事事件での一方の当事者を識る側としては驚いたが)
7・11の1号店(豊洲)を枝川地域の雑事措置に伴い出向いた際に、
帰路の足を豊洲で確保するための時間潰しを兼ね利用したに過ぎない。
しかしながら御三方とも自信と個性が溢れ過ぎている。
(写真の記事は、2026/05/31 日本経済新聞 朝刊)
<コラコラコラム ©>
| 固定リンク


