同志社国際高校の西田校長は「教育の中立性に保っていない」との文科省の判断に「異論」があると主張し! 真に同志社らしい想定どおりの展開になり
ホォ~!
同志社らしい対応だと思いますねぇ。
事故事案が公になり、
西田校長の会見表明を見聞きした時に、
同志社の人らしいモノ言いだなぁと感じさせられた違和感は、
今も尾を引いていますが・・・
「木で鼻を括る」ようなモノ言いでした。
一般論としての「世論」には、流されず、安易に同調しない。
掲げてきた教育の基本方針を国家権力に否定される事は容認せず、
争うべき点は「論点」を整理した上で徹底して争う。
「掲げる教育の理念を、何人にも否定される事はなく、
断じて容認しない」と、争う姿勢を明言したワケだ。
(真に「同志社」らしいと言うほかナシだ)
個々の良心のテーマゆえに、
結論は出ない(至れない/出せない)としか言うほかなしだろう。
「正義」というか「正しさ」への哲学と理屈の応酬と議論の迷宮に陥るだけだ。
それで得る論理上の哲学としての「正義」と、
日常社会で暮らし生きる現実的な「正義」や「犠牲」とは相容れない。
ゆえに、世間がどのように受け入れ「評価」するかは別のテーマとしか言えない。
最初の会見を見聞きし、それを掲げてくるとは思ったが、
学校法人同志社の中でも議論して結論に至る事が適わず。
迷宮にあるワケで、
それを捨象するのがリーダーたる法人を統括する理事長(総長)としての八田英二氏の器量なのだが、
未だ1960年代後半から70年代前半の学生運動のまま、
前進も後退もできず無益な時間を無益に消費するだけの姿を世間に曝し、
リーダーシップの不在を印象づけるだけでは、実に情けない厄介な人達としか言えず。
<コラコラコラム ©>
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