広島は被爆81年の日です 心安らかに犠牲者を思い落命されました皆々様の御霊の安らかなる事を心から祈念し、これまでの復興を静かに思う日です
広島は「被爆の日」で、
事実を真摯に受け止め、図らずも犠牲になり落命された皆様の御霊の平安を祈念し、
再び三度、この惨劇を生まぬ事を願い心新たに決意すべき日でもあります。
3日後の9日、長崎でも同様であり、遡り6月23日の沖縄での慰霊も同様であります。
広島市長の願いと宣言を重く受け止める必要があります。
「リベラルでレフトウィング」の皆さんは、
必要条件を履き違え平気なようですが、
皆さんが「心の友」「心の故郷」とされる側に位置する方々は、皆さんが唱える願望(=代弁)とは、
全く別の観点に軸足を置く論理を主張し、皆さんの存在などに構う事なく、
彼らの我欲を追求し達成するために手段を選ぶ事などありません。
日頃から皆さんの主張の論点を整理すると、
その無知と無学による「吹き込まれ、刷り込まれ憧憬」に対し、思わず驚愕が先立ちます。
掲げる理想は気高く尊いのです。
それを実現する途は険しく困難に満ち溢れています。
それでも理想を理想とせず現実にする事への長く厳しい取り組みをと。
広島市長は宣べているワケです。
その席に、リベチンパヨクの皆さんが憧憬し尊重される、
中国、ロシアの姿はありません。ないのです。
それは、現在の日本國政府や政権への態度もありましょうが、
決してそれだけではなく、彼らが150年にわたり願い画策する
日本國への野望を隠さなくなった現れとも言えます。
静かに、心安らかに、心ならず「戦争での犠牲、被爆の犠牲」に
遭われました皆様に御霊の平安を心から祈る日であり、
それぞれの式典の場は国として県として市としての追悼を表す場で、
決して自己主張を喧しく拡声し騒ぎ立てる場ではありません。
<コラコラコラム ©>
引用開始→「座り込んで闘う!」も…平和記念公園に滞留の極左活動家ら 広島県警が全員排除、6日朝
(産経新聞 2026/8/6 07:13 矢田 幸己)
原爆ドーム前に滞留し、広島県警から排除される左翼活動家ら=6日午前5時49分、広島市中区81回目の「原爆の日」を迎えた6日早朝、安全対策の一環として、原爆ドームを含む平和記念公園(広島市中区)全体で入場規制が始まった。組織の内紛で過激派・中核派を離脱した矢嶋尋(ひろ)委員長率いる全学連などは規制に対する抗議の意志を示し、同日午前0時ごろから座り込みとデモ集会を決行。退去を拒んだため、広島県警の機動隊員らが強制的に排除した。
「規制が始まります。ただちに退去してください」。午前5時前の原爆ドーム前。市職員らが県警とともに呼び掛けた。
これに対し、矢嶋氏らデモを主催する「反戦・反核・反原発 8.6ヒロシマ行動実行委員会」のメンバーら約40人は「市当局は恥を知れ!」「われわれは座り込んで闘うぞ!」と拳を上げ、徹底抗戦の構えを示した。
原爆ドーム前で座り込みを続ける左翼活動家ら=6日午前5時半、広島市中区メンバーらは市による再三の警告や市条例に基づく退去命令に応じず、市は県警に排除を要請。県警が市に対する威力業務妨害行為に当たると通告、機動隊員が安全に配慮した上で、同6時ごろまでに約40人全員を園外へ連れ出した。
その後もメンバーらは歩道上で拡声器を使い、「被爆者の場所を奪うな」と猛反発。県警が滞留行為への警告を何度も発する中、「高市(早苗首相)は帰れ!」とシュプレヒコールを上げた。
昨年は中核派の活動家を含む「8.6ヒロシマ大行動実行委員会」が数百人規模での大規模集会を行ったが、今年は内紛の余波で人員が分散し、昨年と比べて騒ぎは限定的だった。
6日午前に平和記念式典が開かれる公園周辺では例年、大音量によるデモ集会が問題化。令和5年には、職務中の市職員に集団で暴行したとして、中核派活動家の5人が後に有罪判決を受ける事件が発生。市は安全確保を理由に6年から、式典当日の午前5時以降の公園内への立ち入りを規制した。(矢田幸己)←引用終わり
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