「AI」が跋扈する時代の社会条件を眺め観て「ヒト」「労働機会」「社会条件」など、現実の社会環境での進捗で身に積まされる厳しい現実に思い考える事
都市域で生まれ育った「勤め人」を眺めながら思った事:
これと言って、いわゆる確かな故郷が殊更あるワケではない。
親の転勤で、3年~5年で各地を転々とした事もあり、色々な処に、
いわゆる友達みたいな知り合いはいるらしいが、
本当の意味で繋がり価値空間を分かち合える友人はいないらしい。
小学校から腰の落ち着かぬまま追い立てられ、
中学校でもそれが変わる事はなく追い立てられ、
高校でも落ち着く間もなく更に追い立てられ、
とにかく「勤め人」の親からは叱咤され続けた事もあり、
ナンとか大学へ転がり込んだ。
そして、
親と同様に学業を積み、
社会で一廉の会社に職を得て「中間層」としてのガンバリは、
自らの親をも上回る艱難辛苦に耐え、
自分が経験した子供の頃の故郷のない真の友達を得られなかった苦い思い出を考え、
早くから無理をして住宅ローンを組み「巣を得た」事で子供には転勤しても安住の地を提供し、
単身赴任を繰り返した(家族とは何かと・・・・・)。
漸く「終の棲家」で安住(しようと)できると考えた頃、
自らはリストラに遭い、
敢えなく忠勤した会社を追われ暗く失意の毎日が続いていると。
それを目の当たりにした、
子供らは「学業」に励み「学歴」を買い、
それを元手に「忠勤」を尽くした挙げ句、足手まといとして「退職勧奨」され、
敢えなく放り出され、受け取った「退職金」の大半はローンの残額処理に廻され、
取り敢えず「雨露」は過ごせるが、
立ち所に「喰い扶持」を得ないままではナンともならず、
老いたる身を引きずり「ハローワーク」へ通うも、適職はなく切羽詰まる羽目に・・・・・
単なる真面目で善良な「勤め人」だけが取り柄の人物には、
これと言う「手に職」もなく、然りとて「物乞い」にもなれず、
子供の教育を考え、老いたる親の老後の生活を考えると、
いよいよ八方塞がりで、万事休すという状況を抱え、
遂に「駅頭の " 自転車整理 " 係」を当面の職にした。
それを知った子供達は、大いに嘆き悲しみ、大学を止めると言い、
友達を頼ろうとするが、腹を割って話合い信頼できる本当の友人がいない事に気付く。
自宅は残るが暗澹たる空気が支配し、
立ち竦むばかりだが立ち続けるのは地獄で、
闇雲に進むのも地獄という。
日本の社会の一断面だけれど、
親子3代にわたり「流浪」し続け「ビジネス奴隷」として
買い叩かれ漂流し続ける以外に、途は無いのか?
真面目なだけで要領の悪い純粋な人は、潰しが利かない!
<コラコラコラム ©>
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