「September 11」から四半世紀が過ぎ、欧州大陸で喰えなく追い払われた民が築いたアメリカ合衆国は華麗な現代文明を形成しても病みきり藻掻き続け
「September 11」に
文明(civilization)について考えたいと思います。
文明の集積象徴として固より「都市や国家」を意味し、
都市化や国家化が文明の要素と考えているのですが。
「文明」は衝突により崩壊する事よりも、
その内側に抱え込んだ「矛盾」を合理的に対処し克服できず、
浸食され「内部から崩壊」する歴史を繰り返しています。
衝突により崩壊させられたと考えるのは、
地中海の覇権を巡り軍事国家の「ローマ帝国」と衝突した事で、
敗戦し崩壊させられ塩を撒かれ根絶やしにされた交易国家の「カルタゴ」です。
その「ローマ帝国」も、周辺からの侵入により崩壊します。
何を原因に都市化や国家化は生まれるのでしょうか、
何よりも人は「生命」の安全と安定した暮らしが可能な地形や環境を求め、
自然に安定した土地へ移動し特定の地には人口が集中します。
それにより食糧の供給も消費がある事で、
自然に市場が形成され充実するようになり、
その市場をコントロールするために、
これまた自然に階級と職能が分化され明確化される事になります。
文明を享受し、有効に機能させるために、
十分な対応力が求められるのは当然の事で、
先ず何よりも人としての役割に応じた「教養力」や「道徳力」が求められる事になります。
やがて「市場」は、
それらの機能を人としての倫理的な規範の下に統合する事で、
社会的な「安全性や利便性また豊かさ」を享受し、
その発展により文明力を形成するわけです。
更に、
それらの作用で周辺域へも交易力が拡大し、
得た利益(利潤)により、交易の市場を整備し、
公共建造物を提供し街として機能が高められ定着し発展するわけです。
やがて維持のために、
必要不可欠な言語的記録力(現代社会ならITシステム)の発達発展を促し、
支配的な規範を文書化し憲章化するなどで都市としての体裁を整え全体を整備します。
それにより「安全性や利便性また豊かさ」を求め、
周辺から交易や人の流入なども増加し、表現や言語が交じり合い混沌とする状況でも、
表現・理解様式の統一などが必要不可欠な方法で並行的に興き、
これらを巧妙に抱摂し克服する事により「都市としての文明」は、
更に大きく発展し、周囲からの流入を更に促進する事になり、
均衡が崩れるまで創出形成した「都市文明の利益」を享受し続けます。
いま、世界の大都市、
ニューヨークも、ロサンゼルスも、シカゴも、ロンドンも、パリも、ベルリンも、
東京首都圏も、北京も、上海も、香港も、シンガポールも、
自らが招いた野放図な肥大化により、自らを支えられず喘いでいます。
世界の先頭を切り発展した大都市で、
世紀を超えて先頭で存在し生き残るのは極めて困難である事を世界の歴史は示しています。
サミュエル・ハンチントンが著し提起したテーマ、
「文明の衝突」は、思考されず、思慮される事もなく、
真剣に俎上に載せ議論する事など思いもよらず叶う事もなく片隅へ放り投げられ、
悲しい悲劇だけの記憶が記録され。
この四半世紀にわたる歳月の間、
米国の社会科学や人文科学の先端インテリゲンチャーは、
何に取り組み何を究明したというのか?
目先の「カネ」を如何に効率よく回転させ、
その収益を最大化させる事で欲深い「社会年金機構」や「ファンド」が、
喰い扶持を寄越せと迫まる社会を正当化しただけじゃないですか?
現在、米国を支配するトランプ政権の財務長官ベッセントは「ヘッジ・ファンド」を率い、
非情なまでに「カネ」を稼ぎ倒したヒトとしての倫理観を欠く悪逆非道のヤカラの頭目だ。
その結果、
米国市場の不透明と不公正は全世界(グローバル)に拡大し、
世界的な不均衡を拡大させ、結果は病み続ける世界として、
その危険の緊張を自らの社会も多くが疲弊し、困難や貧困を拡大再生産しただけと考えるが違うのか?
そして、2001年9月11日の「ニュース ステーション」で、
キャスターとしての、久米宏が、安全な東京で「異常に興奮し」愉しそうに眺め伝えていました。
(報道者としては、あるまじき事だと批判した記憶があります)
<コラコラコラム ©>
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