粗製濫造し支持を得られず基礎的競争力のない私立の300大学は閉鎖廃校し、東西大都市の超巨大30私立大学の定員を必ず70~50%削減させよ
何れの国も、社会を平穏に安定的に維持するには、
財政資金(税金)という「カネ」が必要です。
社会経済が順調に発展し、
多くの分野で「生産」に従事する人が「生産余剰」を造りだし、
それらが「形を変え、消費を促し、入手した側に幸せを提供する」事で、
従来の「日本の社会」は安定し、より多くの生産に励み「余剰」を提供し「ニーズ」を満たし、
多くが「善循環」を繰り返し、それぞれが「幸福」の享受に浸りました。
例えば「大学(教育)」も同じで、
ニーズという「需要」に対し「供給」という機会提供で応えてきました。
当初は「供給」の限定性が高い事もあり初期的な「通信教育」を提供し
「ニーズ」としての「需要」に対応する「供給」を行いました。
やがて、
人口急増期を迎え大学教育の「ニーズ」が高まり、
圧倒的な「需要」に応えるため、一定規模の「大学」の新設を図り
「供給」を増やす事で「ニーズの均衡」を保とうとしました。
例えば、1学年200万人の人口に対し15%程を収容しました。
更に、
1学年200万人の子弟(150万人程)が同様に「大学教育」を求める「(潜在)ニーズ」に対し、
既存大学に臨時的な定員増を許容し「臨定増」と呼ばれる方法を編み出し乗り切りました。
しかしながら、
その後は措置の延長はなく、基本的な「定員」へ戻しましたが、
それを不服とする巨大私立大学は「臨時措置」の定員を「恒常化」するよう
求める声が強まり、文科省は政治に勝てず屈しました。
巨大な既存大学に「新学部」の増設を認可しました。
(将来の人口減を全く考慮せず、都心から郊外へ移転する見返りを含め)
その結果、
ローカル地域の若者が首都圏の巨大私立大学への進学(就職有利)を目指し、
ローカルを棄て郷関を出る傾向(ローカル衰退)を強めました。
そこで、
ローカル地域に特徴のある大学の設置開学(供給)が必要だとの声に圧され、
何よりも基本の「ニーズ」すら考えず、
数値上の「需要」に依拠する小規模な「供給」を競い合いました。
凡そ、1学年の人口が全国で100万人を前後する頃に開学し、
50%の進学率という状況を生み出したのです。
何よりも、
その内の300は、基礎的競争力を持たず、恒常的に定員を満たせず「青息吐息」です。
その結果、
弱小・零細な私立大学の乱立を招き、一部を除き基本の定員を満たす事ができません。
また、首都圏の著名巨大私立大学は、近接した周辺ローカル地への進出も含め、
意図的に積極的な肥大化を進め、
1学年の定員が1万人を超える規模の大学として、この世の春を謳歌しています。
(東西で、凡そ30著名巨大私立大学で、1学年30万人を抱える事に)
そして、
一学年の人口が70万人~60万人を間もなく迎えます。
(全員進学という義務教育と同じ状況になります)
国として適正な競争力を持つ事を希求するなら、少なくても、
大学教育の質を保つためにも、全体の収容総定員を30万人(50%)ほどに絞り込み抑える必要があります。
需給の質を考慮し均衡を考えると当然の事です。
そのためには、
①300大学の整理(廃止)
★財務省は、公立化された元の私立大学を含め250大学の削減(甘いですね)を検討中だとか。
②首都圏(東京)の肥大化した巨大大学(1学年1万人超)の定員を半減以上させる事
③国公立、巨大私立大学を含む垣根の廃止と補助金の適正化
凡そ650の私立大学が雨後の竹の子のように現在時点では
基本的で必要な競争力を欠きながら存立する事になっています。
行財政改革が必要な事は言を待ちません。
過度な「平等主義」を維持するため、度過ぎた「配分」を続ける余裕はありません。
300大学の廃止と、
超大規模30私立大学の定員削減(最低でも50%~70%の削減)は、
避けられないのです。
誰にも誰でも理解できる、極めて、分かり易い「算数」なのでして。
(理屈は不要です)
(写真の記事は、日本経済新聞)
<コラコラコラム ©>
| 固定リンク




