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2026年10月

2026/10/06

ヒトの退け時についての話題を交わし、日本の越し方について、また経済再建中の1960年代~1980年代まで「赤貧生活」を脱出する取組みがテーマに

年度の半期が終わり、
業種に依れば「思いもかけぬ出来事」に見舞われ苦闘する事業社も見え隠れします。


基本的に第一線を退いて以来、相当の年月を「球拾い」しながら世間を眺め観てきました。


いわゆる社会へ、
曖昧な形で「仕事(のようなモノ)」に取組み始め、
改めてヒトに恵まれたなぁと改めて思います。


アルバイトのような、インターンシップのような、
非正規労働のような、殆どブラ下がりで食客のような・・・


まるで「汽水域」のような曖昧に混じり合う状態で息をしながら。


多くの人と出会い、多くの人と交流し、技や知恵を交流し、金銭へ交換し。


先達から受けた
「(健康=)医師」と「(防御=)弁護士」に「(資産=)銀行」/「(納税=)税理士」を重視せよと、
強く助言され。


いずれも、紹介を得た人財と関係性を大切に保ち続け。


最初の「弁護士」は引退し、「医師」も逝去され、今も「銀行」と「税理士」は残り。
「医師」は、その後の交流で新たな人材を得ていたが、遂にもぉ「引退」すると通知され。


そろそろ完全な「退け時」だろうと、溜まり場での話になった。


思えば「駆け抜けた」歳月は走馬灯のように・・・


最初は、

まるで、あがた森魚の「赤色エレジー」と言うか「赤貧」そのものだった。

あれも赤色エレジーを浜田真理子が唄うと、貧しさが浮き上がる。

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毎日が、日々が、滑落しないための壮絶さを強いられ続けた。


「最初は、皆そうなのだ。突破するのはオマエの技量だ!」と、
拾い上げて貰ったボスの叱咤激励と「(誰も思いつかぬ)自由に考えろ」は、
厳しい言葉だったが今に至る途筋の入口を開く呪文だった。


保険屋、銀行屋、政治屋、口入れ屋、口利き屋、不動産屋、怒建屋、
車走屋、飲食屋、女衒屋、ヒト出なし屋、タカリ屋、マチバのヤタケタ、
巨大企業の経営者、ブン屋ドモ、荊領のヒトら、上層から最底辺まで、
来ては帰し、返しては来る。


幸と不幸は「表裏」の関係にあり、
「幸」の裏面に「不幸」は貼り付いている。
同様に、
「不幸」の裏面に「幸」は彷徨っており、見い出される機会を待っている。


しかし、大半は、それに気付かず、摑もうとせず、逆に「釣り上げられ」ミジメに終わる。
ゆえに「紙一重」だとも言える。


長崎の離島(切支丹の島)から出てきた人物があった。
実にシンプルであったが、どこか何か「屈折感」を秘めていた。
「画業」で身を立てると言い、然して上手くない画を描いていた。
どこか憎めない人物ながら、応援者を得る事ができず苦闘の人生のままだった。


質素で純朴な「連れ合い」を得て、
その稼ぎで辛うじてイノチを繋ぐ日々だった。
マチバの不動産屋に職を得て集合住宅の管理人に就き糊口を凌いでいた。
その暮らしぶりは日々「赤貧」洗うが如しの生活だった。

小理屈を語っても、今では生きていけないワケで、
ほぼ、20年前に会って以降、徐々に縁を薄くし今に至っていますが。


「まるでのうそまろ」は、体型的に小造りだが「胆力」と「怒声」は、
殊の外大きく、目の座りは相手の肝を射貫く強さを備え、
危機も無事に潜り抜け今に至れた。


強さは熟々と「知力」「胆力」だと、
枯れた日に思い考える今日この頃です。


<コラコラコラム ©>

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2026/10/05

日本の社会構造は基本的に「原始社会主義」というか徹底した「平等主義」を追究する構造の一方で、脱出夢見の激烈な競争社会の二面性を保つようで

極めて意図的な怨嗟というか、強い嫉みというか。

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悪質な狙いを隠した皮肉な紹介(批判)記事を目にする度に思いますが、
日本の社会は基本的に平等主義で根本的には原始社会主義なのだろうと。

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野村総研の発表資料では、
金融資産3000万円以下は、全体の80%を占めます。
実際には、
 ① 3000万円~2000万円
 ② 2000万円~1000万円
 ③ 1000万円~500万円
 ④ 500万円以下
 ⑤ 貯蓄ゼロとして捉えなければ、生活市場の実際は計れません。

大凡を推計しますと、
 ① の層は、全体の15%ほど、
 ② の層も、ほぼ全体の15%ほど、
 ③ の層が、全体の20%ほど、
 ④ の層が、全体の15%ほどになると捉えています。
 ⑤ として、貯蓄ゼロが全体の15%と観ています。

深刻な⑤の激貧困窮層は、
「スキル」を保たず、労働消費に費やされる便利屋の奴隷で、
短期的な高賃金(に欺され、利便性の高い劣悪な地に住み、
賃料を毟り取られ、通信費の負担とコンビニ消費がバカ高い現代奴隷層です。


それに嵌まりたくないと猛烈な競争社会で、
故に成功した者を嫉み時に怨むのかと幼さを感じてしまいます。


例えば、
渋谷区で松濤を、大田区で田園調布を、港区で麻布の一角を、
この記事が上げる芦屋の六麓荘を、自身の住環境と比較し、
アァだコォだと言ってみたところで、
その対象者の人生が大きく劇的に変わる事はありませんよ。


六麓荘を管理する会も、
域内の全ての道路を私道として所有し便宜上の措置として
域内を通行する車両から「通行料金」を取る事はありませんでしたが、
現在の社会環境を考慮し、主要な域内道路を芦屋市へ公道(市道)として寄贈し、
現在は脇道以外は、芦屋市が監理する道路になっています。


以前から、住民や関係する者以外が入域する事自体あり得ないワケで、
侵入者を通報するのは安全や安寧を維持する防御上から当たり前の事だったワケです。


実際を知らず、
いわば嫉みを拡げる事にしかならないのですよ。


そんなくだらない見栄的発想だから、
駅前のタワマンを手に入れたと、
束の間の喜びに浸り、直ぐに上階の居住者への怨嗟や嫉みが起きるのですよ。


それは関係ないでしょ。
人の能力には得手、不得手があり、様々な機会があり、
それをどう熟すかなので。


恵まれようと、恵まれまいと、人は平均して凡そ3万日の生命なのですから。


成功したように見えても維持するのは厳しいのですよ。


平成の化け物とされ「今太閤」と持ち上げられた成り上りの大将
ニデック(日本電産)の永守重信氏は、
迷余迷勢を守ろうとして結局失敗したでしょう。


〈コラコラコラム ©〉

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2026/10/04

異常で異様な「阪神タイガース」を包む熱気は毎シーズン 度(怒)が過ぎ 善後も考えず勝手に入れ込み勝手に騒ぎ勝つと自慢し 負けると監督を攻撃し

タイガース 念願のリーグ2連覇を達成!

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とはいえ「廣鯉」にはMZSでの意地を見せられ阻まれ。


追い立てられTV観戦でV2を知るというのは、
ナンとも締まりのないところが「神虎」らしいとも。


ナンとも言えずマヌケな話ながらも嬉しいのか・・・ ナンともな事で!


イヤ、まぁ「神虎」ならではの事デス把ねぇ!?


今季は「讀虚」も戦力を整え手強いゾと観ていました。


しかし「神虎」はダブル勝ち数の勢いで引き離したもので強いのかと!?


でも他のチームには然程の勝ちきりを示せずモタモタヨタヨタの繰り返しで。


交流戦は相も変わらず負けを献上する繰り返しで・・・


決勝ゲームは、10月01日の対「讀虚」戦(25回戦)だった。


両軍2:2の同点で、5時間5分にわたる延長12回の「死闘」を尽くし引き分けた。


「讀虚」を指揮する橋上監督代行が全力で智恵と技を振り絞り手際の冴えを見せ、総力を注ぎ込み勝つ執念を。


結果は「引き分け」た。
甲子園で両軍ともにチカラを使い果たし幕が降りました。


シーズン143試合で最も価値ある歴史に遺る1戦でした。


橋上監督も藤川監督も持てる戦力を投入し一歩も退かず球史に残る「執念」の戦いでした。


橋上監督代行の言葉「引き分けは負けと同じでしかない」が印象的でした。
即ちペナントレースは、あのゲームで終わったのでした。


「讀虚」は翌日の「東燕」で完敗し、続いて3日夜は「横星」にも逆転され息つきた。


一方の「神虎」も死力を尽くし「廣鯉」に挑んだが疲れは脱けず勝ちは遠のき敗戦した。


「讀虚」を率いる寛徳とは異なる別の、
異常で異様な見えない独特の負担と「重圧」がある。
その下で、HHHも阪神電鉄も阪神タイガースも、目に見えない空気を相手に戦わざるを得ない。
実に不思議で捉えどころのない「屈折した社会(空気)」とプロ野球を介し戦っている。


今に至る「この異様な空気」を創り出したのは、
1970年代に、AM放送局の「ABC朝日放送」で、それに「MBS(毎日放送ラジオ)」が続いた。
TVではUHFで様々な制約を受けていた地域放送の「SUNTV」が試合終了まで完全生中継を敢行し続いた。
それを観て「よみうりTV」も地域ビジネスとして参入を試みた。


併せて、
「SUN TV」のグループ事業社「デイリースポーツ」は、阪神タイガースの機関広報紙かと思える紙面構成へ転換した。
1980年代に入ると「SUN TV」は{KBS京都」へ中継ネットを拡げ、更に首都圏で「千葉TV」「TV神奈川」へも中継配信した。
タイガースOBの解説動員を始め、いわゆる痛をうならせる起用で稼ぎ続け経営基盤を確立した(と観ている)。


いわゆる「スポーツ紙」は、
先に触れた「デイリー」が機関紙の手合いでもあり「サンケイスポーツ」「日刊スポーツ」「スポーツニッポン」が地保を確立し、
遂には「(報知新聞)スポーツ報知」までもが紙面を割くという状況へ転じ、ローソンの店頭では5紙セット売りが登場するまでになった。


まぁ、これで「マチの評論家」が「知ったバカぶり」を発揮する場ができ、
潰れかかっていた「マチバの喫茶店(溜まり場)」は行きを引き返したとも。


まぁ。カネもない,社会的な地位もない、迷余はあっての名誉などないマチバのヒトの生きがいになった。
なけナシのカネを叩いて甲子園球場の外野へ押しかけ、一騒ぎする事が日常になり。
するとヤタケタドモが目を付け、シノギの場にしようと一角を占領し場代を取るなどの違法行為を行うようになる。
日々に何度かプレーに対し「罵声」を浴びせる事で鬱憤を晴らす場に堕してしまい、手がつけられい事もあった。


あるいは僅かな「単位株」を買い、
阪神電鉄の株主総会に出席し蕩々とシロオトの野球論を宣べ、球団経営に採用するよう迫るアホウも表れ、それをスポーツ5紙が報じるという世紀末ぶりを示した時期もあった。


一応は、整理され様々な取るに足らない雑音は消えたように見受ける今日この頃ですが、
代わって出てきたのが「SNS」で、ある事ない事、書き連ねる迷余を発揮して止まずで。


球団もチームも「公式戦」の前に如何に選手を守り切るかが問われている、昨今の旧だっb経営ともいえます。
ナインの皆様、球団スタッフの皆様、球団職員の皆様、本当にお疲れ様です。
残り4ゲーム、思い残す事なく戦いきり王者に相応しいシーズンの終わり方を期待します。


<コラコラコラム ©>


引用開始→「残念」「優勝明日でも…」 デーゲームで阪神敗れる 兵庫・尼崎の居酒屋でファンため息
(産経新聞 2026/10/3 19:57)

試合に敗れ、スタンドにあいさつする藤川球児監督ら阪神ナイン=マツダスタジアム(撮影・松永渉平)

セ・リーグは3日、優勝へのマジックナンバーを「1」としていた阪神が広島とのデーゲームに4―6で敗れた。ナイターで巨人がDeNAに敗れれば、阪神のリーグ2連覇が決まる。

シーズンが始まる直前に「マジック143」の垂れ幕がかけられることで知られる「尼崎中央三丁目商店街」(兵庫県尼崎市)の居酒屋「得一」では、大勢の阪神ファンがリーグ2連覇という球団史上初の偉業を信じて、テレビ中継を固唾をのんで見守った。

1点を追う阪神は3回、先頭の坂本誠志郎選手が10号ソロ本塁打を放つと、三冠王目前の主砲、佐藤輝明選手の今季39号の3点本塁打が飛び出し一時リード。しかし、直後に同点とされると、八回裏に勝ち越しを許し、店内はため息に包まれた。

兵庫県伊丹市の会社員、宮本彰さん(57)は妻の智子さん(57)と来店。試合終了の瞬間、天を仰ぎ「悔しいね」と一言。智子さんは「今日優勝決めてほしかった。巨人が負けてくれたらうれしいし、(優勝は)明日でもいいよ」と話した。←引用終わり


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引用開始→ 阪神が球団初のリーグ連覇達成!巨人敗戦で決定 選手らホテルでテレビ観戦 一球ごとに歓声も 藤川監督は号泣「苦しかった…」
(デイリースポーツ 2026/10/03.)

 阪神は3日、球団史上初のリーグ連覇を達成した。デーゲームで行われた広島戦(マツダスタジアム)では逆転負けしたが、ナイターで巨人がDeNA(東京ドーム)に敗れて決まった。

 歓喜の瞬間は遠征先のホテルで迎えた。選手らは宴会場の一室に集まり、巨人-DeNAを観戦。一球ごとに歓声と拍手、手拍子もあった。V2のTシャツと帽子も着用した。

 優勝マジック1で迎えた広島戦は三回に佐藤輝が39号3ランを放ち、勝ち越しに成功。だが、先発の才木が踏ん張れずに追いつかれ、八回にはドリスが決勝点を献上した。試合後、藤川監督は多くを語らず、悔しさをにじませていた。

 ただ、シーズンを通じて強さを示した。打線は三冠王が視界に入る佐藤輝を中心に森下、大山らが奮闘。投手陣も16勝の高橋、防御率リーグトップの村上、才木の3本柱を軸にリリーフ陣も工藤らの安定感が光った。

 巨人とのデッドヒートを制し、ついに先頭でゴールテープを切った。V決定後、報道陣の取材に応じた藤川監督は号泣。第一声は「苦しかったですね」と漏らし、その後の質問にしばらく言葉が出て来なかった。「良かったです…」。何とか一言を絞り出した。←引用終わり

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2026/10/03

日本は「トランプの習近平の首脳会談」で様々な懸念を示し表すも、日本は中国と15年戦争を、WWⅡは米国に敗戦し植民地支配されたままの認識が先

日本人は、メディアの質もあり、
彼らが報じる内容に対し余りにも単純で誘導されやすい。

先ず、日本の立ち位置を根源で理解できていない。

日本は、日清戦争、日露戦争など、様々な理由や事由に依り、
「台湾」を割譲され領有し、更に「中国大陸」へ進出し、いわば「領土化」した。

中国は、
蒋介石が率いる「民国政府」が正統な政権であり、
日本との「戦争」の相手であった。

しかしながら、その政府は弱体であり、東北部(満州や内蒙古)には及ばず、その地域で日本と対峙したのは「馬賊(張作霖)」であり「共産党に影響されたゲリラ」であった。

形式的な「民国政府」が支配した地域で、
「民国軍」は圧され気味で、蒋介石の夫人「宗美齢」は米国内の各地で支援を求め遊説し戦況の逆転を主張した。

米国内に賛同の輪が拡がり「有志による軍が形成」され、連邦政府は外交戦で、金融と石油の制裁(やがて禁輸)など「対日包囲網」主導した。

結果、日本は堪らず「日米開戦」へ突き進み、
実に惨めな「敗戦」を強いられ、屈辱的な「政府の解体」と「占領政策」の下に、実質的な「米国により支配」を受け、
それが形を変えながら80年を超え、日本人の骨髄まで浸透させられ、日本の基本政策は「米国追随」が徹底されると共に、日本の現代版「植民地化」が進み、経済面を一体化させる事で無尽蔵に「収奪と強奪」を許している。

共和党で、
レーガンであろうと、ブッシュ親子であろうと、トランプであろうと、

民主党で、
ケネディであろうと、カーターであろうと、クリントンであろうと、オバマであろうと、バイデンであろうと、

何らの関係もないのであって、米国はひたすら追随すること追従することを、強制しているのだ。

時折、
日本の世論にガス抜きが必要な時は、ガス抜きさせながらだ。
当該テーマでも、
日本の基本的な世論で目立つのは、
日本が戦争をした中国は、蒋介石の中華民国であって、
その時点で中国共産党の中華人民共和国など成立していないと、自身の無知も考えずタメにして喚いているが、国際社会では相手にされず通用しない呆言の寝言だ。

「日本が、中国を相手に15年戦争をした事実は変わらない」
その相手にした政権が「民国」か「共国」かは考慮の対象外で通用しない。

WWⅡ敗戦を経て「日本國」は、実質的な米国の属国(ほぼ植民地国家)であり、主体性など持ち合わせておらず、米国の同意の下に「中国」とも対峙しているだけで、米国(例えばトランプ)は、米中首脳会談で中国が日本に食指を見せると、瞬時に「日本は米国が支配する属領だから、一切の手出しは控えろ。事を構えれば許す事はない」と威嚇するワケで、日本國に暮らす日本人の為に警告するワケではナイ。

米国が日本國と日本人から合法的に搾り上げ続ける「大きな経済権益」を喪わないためだけだ。その根本に日本人は覚醒し自覚する事が何よりも重要な事だ。


<コラコラコラム ©>


引用開始→ アメリカ大統領の「米中同盟」発言はトランプが初めてではない、日本は動揺せずに日米関係の維持・強化を
(WEDGE 2026/10/03. 樫山幸夫 ジャーナリスト・元産經新聞論説委員長)

 先の米中首脳会談で、トランプ大統領が習近平主席に「第2次世界大戦時の同盟国」と述べたことが、日本国内に波紋をもたらした。

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(Martin Holverda/titoOnz/gettyimages・ロイター/AP/アフロ)

 頭越しに米中関係が緊密化することへの警戒感だが、米大統領による同様の発言、実はこれが初めてではない。1998年にクリントン大統領(当時)が訪中した際、やはり同趣旨のスピーチを行っている。
 日本国内への反響は少なく、その後も米中関係が日中関係を凌駕することはなかった。今回は打って変わってメディアを中心に大きく報じられているが、日本国内が動揺すれば、日米の離反を図るという中国の術中にはまるだけだろう。

クリントン大統領「両国民が抱いていた温かさ感じた」
 クリントン大統領の発言は、98年初夏に中国を訪問した際になされた。北京での歓迎夕食会で大統領は、米中の長い交流の歴史、故ニクソン元大統領の訪中などに触れ、「冷戦以前に両国民が互いに抱いていた温かさを感じさせ、第2次世界大戦中の同盟関係を思い出させてくれた」と謝意を述べた。
 翌々日には北京大学で1000人の学生を前に講演、「第2次世界大戦中のパートナーシップ」との表現で、抗日戦争における米中協力の成果、意義を称えた。

 江沢民国家主席(当時)は晩餐会でのあいさつで、社会、思想、文化の相違に言及しながら、「重要なことは、違いに勝る共通の利益を見出すことだ」と述べたが、〝米中同盟〟には一切触れずじまい。当時の中国の歴史認識が現在より穏健であったことをうかがわせる。

日本は〝パッシング〟に失望と衝撃
 当時、産経新聞のワシントン特派員だった筆者は、同行記者として大統領の全日程を取材したが、日本の隣国を訪問中に、わが国と戦った「同盟」に言及したことに驚き、解説を加えた長文の原稿を送稿した。しかし、東京の反応はいまひとつ。紙面の都合もあり、30行足らずの小さな記事で掲載されたにとどまった。今回のトランプ発言をめぐる報道とは大きな違いだった。

 当時、日本では、むしろ米大統領が9日間という長期滞在にもかかわらず、東京を素通りしたことに、失望や不満が広がった。大統領同行のオルブライト国務長官(当時)が〝宥め役〟として、ワシントンへの帰途、急遽立ち寄って「日本軽視ではない」と釈明する騒ぎとなった。
 大統領が直帰したのは、冷淡だったからなどではなく、外交儀礼によるところが大きかった。その前年秋に訪米した江沢民主席の滞在期間がやはり9日間。途中、他国は訪問しない日程だったため、クリントン訪中も外交儀礼上、それに倣ったに過ぎなかった。メディアを含めた日本の官民は、それを理解できなかった。

 ともあれ「米中同盟」の衝撃はこの騒ぎの陰にすっかり隠れてしまった。ジャパン・バッシングならぬ、ジャパン・パッシングという自嘲的な和製英語が生まれたのがこの時だ。

 クリントン大統領が同盟発言というリップサービスをしたのは、96年の台湾海峡危機で高まった米中間の緊張を緩和する意図からだった。海峡危機では、中国が台湾の総統選への妨害を目的にミサイルを撃ち込み、米国が一時、空母を海峡に派遣してけん制する事態に発展した。文字通りの危機だった。 

トランプ氏、「フライングタイガー」にも言及
 今回の米中首脳会談の詳細、トランプ大統領が「同盟」を口にした経緯は、すでに大きく報じられている。復習になるが、大統領は、両国関係の重要さを称える中で「共通の利益の追求によって違いを乗り越え、第2次世界大戦においては、われわれに同盟関係をももたらした」と述べた。大戦中、中国で活躍した米国人義勇兵組織「フライングタイガー」に言及し「勝つために力を合わせたように、両国の未来を築くために力を合わせる」(ホワイトハウスでの歓迎式典)と関係のさらなる発展を誓った。

 習近平主席は、「80年以上も前、中国と米国の人々は肩を並べて日本軍国主義の侵略者と戦った」(歓迎夕食会)と応じ、クリントン訪問時の江沢民主席とは打って変わって日本を名指しで糾弾した。

 中国は大戦の結果を、自ら描く世界秩序の基礎にしたいというのが方針であり、高市早苗首相の台湾海峡発言以来、日本に対し「新型軍国主義」などと非難を繰り返している。それだけに、トランプ大統領の「同盟」発言は、自らの主張を補強する上で好機だったろう。
 大戦中の米中の同盟については、首脳会談後に発表された文書にも盛り込まれた。
 同盟発言だけでなく、トランプ大統領が自ら空軍基地で習主席到着を出迎えるなど、一部に過剰という指摘があるほど厚遇したのは、イランとの紛争の長期化の中で、11月初めに中間選挙を控え米中関係の安定化を図る思惑からだった。

 高市早苗首相は、米中首脳会談後の9月26日、大統領と電話協議。終了後、記者団に「日米は今や最も信頼し合える同盟国だと伝えた」と説明した。
 「第3国同士の発言にコメントすることはない」とも述べているが、首相にしてみれば、トランプ―習会談前にアメリカに乗り込み、大統領と、対中政策の意思疎通をした直後だけに、いささか鼻白んだろう。日本があたふたとすれば、その対米不信の高まりを期待する中国が勢いづくのは明白であるだけに、そのあたりを意識して抑制された反応にとどめた首相判断は妥当というべきだろう。

米中頭越し接近 トラウマ抱える日本
 現在の東アジア情勢を見る限り、「ワシントン―北京枢軸」が日米同盟を超える存在となる事態は想定しがたい。しかし、こと米中関係に関して日本は、72年のニクソン大統領(当時)による頭越し対中接近というトラウマを抱えている。

 「あさ、目が覚めてみたら、アメリカが日本に先んじて中国を承認していた」というのは、日中、米中国交正常化のはるか以前、50年代から60年代にかけての日本の歴代駐米大使の〝悪夢〟だが、それが現実のものとなったのだから、21世紀のニクソン・ショックの可能性もあながち否定できまい。

 米国不信、反米に流れるということではもちろんないが、米国内の中国への感情に思いを致し、日米関係を常に健全、強固に管理する努力を怠るべきではないだろう。←引用終わり

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2026/10/02

日本の実際をデータ数字でよく捉え避けられない課題を考え、空元気SNSの空回りの煽り同調や勝手な小理屈ではなく、思考力を伴う議論や意見表明を

日本の厳しい現実について:


ある「政経懇話会」で話した要点です。


誰にも理解できる「グラフ」と「図表」を提示しておきます。


提示する理由は、
 1) 高市政権への財政批判が大きく強すぎる。

 2) 外国人労働者を受け入れる側だったのか。

 3) 一つの中国主張を認めるのか。

 4) 米国(トランプ政権)に反対する立場か。

これらを巡り批判や非難が強くなり始めた事によります。


先ず、
無知飴さんや、知ったバカぶりサンに、
何よりも「日本」の真実というか現実を知りなさいと・・・

2025

① 人口ピラミッド(5歳単位の括り)を掲げておきます。
  (現在は、1億2千万人ほどです)
  若い世代へ下がるほど、釣り鐘状の人口分布が小さく狭くなります。

  現在、2025年の出生者数は約70万人、2026年は70万人を切ります。
  今までの日本を支えてきた生産人口層は、75~80の団塊世代で、
  次が、その子供達の第二団塊世代(50~54)現役世代です。

  何よりも45以下35の世代は社会的な熟練を求められながら、
  曖昧模糊で、団塊第一世代の後ろ世代(60~70)世代と同様です。
  (親世代の価値観を反映し、がむしゃらさがありません)


★社会の現業部門に従事し支える労働に従事する人がいないのです。

★そこを一次的な短期滞在で「外国人」に依拠しようとしているワケで。

★制度が夢物語で十分に整備されておらず「社会混乱」を産み非難囂々に。

★でも、皆さんが快適な生活を夢見て過ごすには現業労働が必要で。

次に、これまでの70年ほど、
日本は、如何に「国内総生産(最初の頃は国民総生産)」に取組み、
高め達成する事で「幸せ」をも生産し分配し共有してきたかを
示す「成長グラフ」です。

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② 日本の経済成長の歩みを一表に示す表しています。
  a) 1973年までは、年ごとに凡そ10%近い成長をしています。
  (伸び盛りの勢いがありました)

  b) 1990年頃までは、年毎に約5%の成長を重ねています。

c) バブル経済とも言われた「吾が世の春」が終わり、
1990年以降は,、35年もの間、年平均で1%にも満たない状態で。

★この状態を打破しようと、政府と日銀は一体で異例の金融政策を。

★いわゆる「ゼロ金利」「マイナス金利」という破天荒ぶりを見せました。

★その結果、基本的な「国際競争力」を保たない事業者が淘汰されず。

★国内産業が基本的な競争力を欠いたまま、生産性が低いまま淘汰もされず、
 低賃金の外国人労働力に頼り、法定の賃金すら支払わないまま、
 低い生産性を保護され残り、一方では社会問題の温床を形成しています。

★また、日本人の国内雇用も派遣労働など「賃金抑制」を続けた事で、
 社会のあらゆる面で社会の進化に伴う「技術革新」や「業務革新」が適わず、
 本来は切り捨てるべき「弱体構造」を温存し続けた事で、
 日本全体の「GDP」は成長を忘れ、
 ケガをした者が互いに「傷口」を舐め合い嘆き合うだけに堕したまま、35年が過ぎました。

★これを「政策」の無能と呼ばず、ナンと呼べば良いのでしょうか?
 (その意味で「アベノミクス」の負の一面で、その踏襲は間違いなのです)

★なぜ、日本国民は、このような政治屋のペテンに易々と欺され、適当に手懐けられ喜々としているのか不思議です。


③は、主要な周辺国と日本のGDPを200年ほど比較した表です。
 何よりも重要な事は、200年ほど前に中国は一定の豊かさがあり、
 それで喰わしていたワケで、一つの外交関係や政策失敗が転落の始まりで、
 後年に至るまで足を引っ張るという事です。

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 そして、現在の日本は「国民一人当たりGDP」では、
 小馬鹿にしているお隣の韓国にも追い抜かれ、
 台湾にも追い越され引き離されつつある事実です。

 経済成長が著しい国や地域では「労働力」は不足しますから、
 そこの雇用で、低賃金を強い、外国人労働力を認めようとしない弱体思考の国は、
 当然ですが敬遠され忌避され「来日」しなくなります。

 その時に、いま「外国人排斥」を底辺で主張して止まないヒト短期滞在ちは、
 ご自身をどうされるのですか。


 日本の少子高齢化が齎す影響は、あと100年は続きます。
 このまま「産業の革新」もせず「労働力の適正化」もせずに、  
 「ぬるま湯」のまま「体の良い " バラ撒き " 政策の心地よさ」に浸り、
 救国の政策に取り組んだと「SNS(=X)」発信で、吾はタカチの巫女であると、
 自画自賛しているのはバカイチの始まりに過ぎぬワケで、
 自身が磨きぬいた自慢の「政策」は、自らのクチで広く国民に丁寧に直接伝える事が
 有能な政治家の仕事だと考えるため、批評を止めないワケです。


 日本が、先進国であり続けるには、
  A>基本的な収益事業の「生産従事人口」は現状どおり必要です。
  B>あるいは「生産従事人口」は少数でも、力強く高度な「生産性」を維持し続ける事が不可欠です。
  C>何れもできない条件なら、中進国(以下)に堕ちるか、
    あるいは支配者の下に徹底した収奪を受け入れ、支配され、お零れを拾うかでしょうね。


<コラコラコラム ©>

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2026/10/01

素晴らしく非の打ち所もないコンセプトの事業を形成しようとしても、それに見合うセンスと技術を保持し発揮できチームとして展開できなきゃ難しいのだ

あるアパレル事業者を助言した頃のメモが出てきた。

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先ず何よりも、

 ① 事業収入と個人収入の分別分離を明確にする。

 ② 先行資金と回収資金および事業経費を厳正に管理する。

 ③ 適正な規模を得る頃に事業監理者を得る。

 *その基本は、事業目標とコンセプトを正しく理解し共有できる事。

しかし、これらの助言が遵守される事はなかった。


社会的な能力を評価すれば疑問な人材が、徐々に増えていた。
(口先は達者な「ぶら下がり族」が増えたワケで)


社員やスタッフを観ると、その会社の質が分かる。


高学歴と能力があり、事業に能力を発揮する事は別で全く異なる。


結局は、曖昧なままで100億円を超えはしたが、そこまでで終わった。


卓越したアパレルのデザイン力があると自慢し続けたが、
歳月が進むに伴い市場の顧客は変化し競争環境も条件も変わる。


ゆえに新規参入する機会に恵まれる分野でもある。


その変化は、日々の数値に表れる。


その変化を的確に捉え変化に対応できるかに懸かる。


ところが、
アパレルの事業者は「トレンド」の変化を受けた表面上の描きに対応する事はするが・・・・・


経営環境を示すデータには残念ながら能力を示すことができなかった。


アパレルの経営で表面上はデザイン力だろうが、それは市場参入の「与件」の一つに過ぎず。


基本はマーケティング能力を含めたマネジメント能力であり経営体力の正確な把握だ。


<コラコラコラム ©>

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